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2011-02-08-Tue-09:05

【 】 夏旅6・越後上越(最終回)

夕方に甲府を出発して再び夜中移動。

松本から長野を経由して新潟上越へ。かなりの深夜になっていた。

最後の目的地を上越にしたのは、目をつけていた薪割り機を販売している会社が上越にあったからである。ネットや通販でも購入可能であったが、一度現物を見ておきたかったのとやはり取扱店の人に直接いろいろ聞きたかったからである。

午前中にはH社に到着。詳しい説明を受け購入を決めた。

午後からは上越市の観光メッカ、上杉謙信本拠・春日山城に登る。平日ということで観光客はほとんどいなかった。

前年には大河ドラマで直江兼続が主人公であったためかなり多くの観光客があったらしい。まずは春日山のふもとの資料館をのぞく。

城跡といっても復元天守や石垣があるわけではない。そのうえ上杉家は景勝の時代に米沢に国替えさせられているので、由来の品なども米沢である。

登山口上あたりに謙信公を祀る謙信神社があり、そこからは天守あとまで急峻な山道が続く。

いたるところにその時代の遺構があるが、説明看板がなければ分からないほどである。

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写真上・春日山登山口階段の先に謙信神社

写真下・現在の毘沙門堂

頂上の天守あとは意外に狭い。険しい山の上ゆえ難攻不落はだてではないと思う。

天守あとそばには毘沙門堂があって、現在も毘沙門天が安置されている。とはいえ高村光雲作のレプリカだという。

本物は米沢にあるのだろう、いつか行ってみたいものだ。

下山後、江戸時代につくられた越後高田の町並みを見学。あまり古いものは残っていなく、初日に訪れた小浜とリンクする。昭和の匂いが濃い。また商店街裏のスナックはやはり多い。ここも直江津港があり港町だからなのか。

夏の旅も後はひたすら北陸道を関西へ帰るのみである。夜7時ころ出発して、工房へ帰りついたのは朝の10時ころだった。眠い。

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春日山天守あとより上越市を望む。

COMMENT



1970-01-01-Thu-09:00
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御館様の城跡に観光に来て下さり有り難うございました。
上杉家は米沢に移封してしまいましたが、上越(春日山)にも遺物や資料は残っていますよ。
宜しかったら是非また来て下さいm(__)m
※毘沙門天像:以前、米沢にある本物が壊れた時に、その本物の壊れた欠片を入れて造り直した事があるのですが、上越市(春日山)の方にも、その欠片を入れて造り分けて下さいましたので、本物と考えて頂いても宜しいかと思います。

【観光紹介例】
*新潟県立歴史博物館蔵:[具足]上杉景勝所用 等
*新潟県立図書館蔵:元禄15年(1702)に描かれた『春日山城図』
◎林泉寺:上杉謙信所用兜「毘」の前立など。このお寺で、謙信公は7~14歳まで教育を受けました。
宝物殿には、謙信公自筆の『第一義』の制札や、謙信公の書状、武田勝頼や天皇からの書状などが残ります。
尚、後に越後入りした大名達の菩提寺でもあります(徳川家、堀秀治三代など)
◎雲洞庵:上杉景勝・直江兼続主従が、少年時代に教育を受けた寺。10世住職の北高全祝は、高徳の誉れ高く、上杉謙信と武田信玄の両雄も競って彼に禅を学んだ。
雲洞庵は、古くは藤原家の尼僧院として栄え、室町時代に関東菅領・上杉憲実によって再興された。
13世住職の通天存達は、景勝の叔父で、寺には景勝から存達に送られた書状も残る。
一方で、宝物殿には、兼続が天正14年(1586)に雲洞庵の門前に立てた制札が掲げられ、兼続と雲洞庵との縁深さを伝えている。
他にも、景勝公の奉納品の茶釜などが保存・展示。本堂内部には、釈迦牟尼仏十六羅漢を正面に安置していて立派な造りです。
魚沼市にあり、拝観は9-16時まで。塩沢駅よりタクシーで10分。
#上越市の料亭『松風園』:謙信公が合戦前に将兵達に振る舞った饗宴料理「謙信公のかちどき飯 謙信公の膳」のメニューあります。出陣の儀の組肴で、1400-1500年の文献を参考に造ったものですが、けっこう美味しいと評判よいです。

#鳴門金山(下越地区の村上市朝日支所):大同2年(807)に発見された金山で、上杉謙信~景勝の時代に採掘の全盛期を迎えた。一般公開期間は、7中旬-11上旬の日曜日のみ。
#南魚沼市の『織の文化館 塩沢つむぎ記念館』:上杉家の経済を、金山と共に支えた織物。この『越後上布』は、現在も、ユネスコ指定文化財になっています。開館日は、火~日曜日の9-17時まで。塩沢駅ヨリ徒歩2分。
○長岡市(中越地区)の常安寺:画幅『上杉謙信 並 二臣像』があります。
法衣をまとった謙信の前で酒の支度をする兼続の姿(左)と、右には、謙信臣下の豪傑・鬼小島弥太郎が描かれる。
その他、沢山あります。上杉家(特に、謙信~景勝公時代)は、沢山の資料(書状もが多い)を残してくれたので、ここ新潟にも豊富にあり、大変に有り難いです。
新潟にも米沢にも、上杉家の縁戚者(親戚や家臣の子孫)が多くご健在で、今でも寄り合って資料探索・研究・発表・展示して下さるので、領民は嬉しい限りです。
関連するお祭りも幾つかあります。米沢からも関係者が来て参加してくれたりします。大変うれしいです。

長文をすみませんでした。後は、上越市のHPなどを参考にしてみて下さい。

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